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2006年1月 6日 (金)

告知後

告知を受けた夜、義母が心配して1階の廊下まで来ていました。すでに相方に聞いていたようです。

私はひたすら

「ごめんね」

と謝っていました。

お義母さんは、

「何と言ってあげればよいのか・・。」

と心配そうに私を見つめていました。

一番悩んだのは、両親にどう伝えたらいいのかということでした。

夜、姉に電話して相談しましたが、話の途中で姉が泣いてしまったので、結局私が翌日の朝電話することにしました。

あくる日の朝公衆電話を使い、おそるおそる実家に電話しました。

私 「あの、実は、昨日、主治医から話があって・・病理の結果が悪性って・・」

母 「ガンだったってこと??」

父が2年前に胆嚢ガンを患ったので、すぐに飲み込めたようです。(強運の父は超初期段階で発見されたため、手術ですべて終ってしまいました。)

私 「うん・・明日から精密検査が始まるから、退院も延びるって。詳細は主治医が話してくれると思うけど・・。」

母 「早くわかってよかったじゃない!そう思って、もうひと頑張りしないと。」

私 「・・・。」

母は意外とあっさり私の病気を受け入れたようでした。

母は強し・・。こういう時、意外と女性の方が切り替えが早いようです。相方の話によると、義母も同じような反応だったらしいのです。

しかしこの時点では、子宮も両卵巣も摘出する可能性が高いとは言えず、主治医に説明をおまかせしました。

そしてこの日の晩、主治医がその旨を説明したときは、さすがに絶句していました。

特に、父の横顔がこわばったのが隣でわかったので、本当に申し訳なくて泣きたい気分でした。

父は、我慢している私を見るのがつらいと言って、入院中はめったに私の病室に来ませんでした。毎日ひたすら母を病院まで送迎する役回りだったようですが、父の心中は痛いほど判っていたので、この先また心配をかけてしまうのだと思うと、どう詫びたらよいのかわかりませんでした。

そんな両親を前に、主治医は

「一番医局で心配しているのは、Kさんの若さです。30代のガンは、放っておくととても早く進行します。まだ精密検査をしないとわかりませんが、仮に卵巣ガンだとしても隣の大腸に転移していた場合などは、大腸を切除して人工肛門にする可能性もあります。」

こういう説明の時、医師は「最悪の場合」を想定してかなり踏み込んだ状況まで説明します。

説明不足で後々訴訟問題に発展する場合があるので、

「聞いてないよ~!」

では、しゃれにならないのでしょう。しかし、いくらなんでもそれ(人工肛門)はないんちゃうの??と思った私ですが、母まで顔が青ざめていたので、

「ほんとにそうなったらどうしよう・・」

と不安になってきました。

とにかく精密検査でどういう結果が出るかで治療方針も大きくかわるので、なんとか

「仮に卵巣ガンだった場合は片側に限局していて欲しい」

と天に祈る思いでした。

続く。

******今日のいちおし******

銀行に行ったついでに宝塚阪急に寄ると、催しモノコーナーに行列を発見。

犯人は・・・これ! ↓

Irie 梅田大丸で毎回えげつない行列を作ってるアレですよ。アレ。。

尼崎市東園田のバックハウス・イリエ。クリームパン1個105円也。

なぜかクリームパンだけ?が超人気のパン屋さんです。毎回クリームパンだけ百貨店に出張販売しにやってきます。

で、当然のように並びましたよ。行列に並びながら、今日のブログにUPすることを考えていました(笑)。

前に並んでいるおばちゃんたちが、10個ずつ(1人10個限定)オトナ買いしていくので、途中で無くならないかハラハラしてしまいました。私は冷静に3つだけ買って帰りました。

Irie1 クリームがこぼれおちそうです。パンもふかふかで、香ばしく焼けたスライスアーモンドがうまみを引き立てています。

上の写真でお分かりでしょうが、このパンが仕切り付の浅いダンボール箱に入っているのは、パンの型崩れを防止する為だと思われます。守ってもらってるんですね。愛ですよ愛(笑)。

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コメント

きゃんべるさんのお母さんのお気持ち、反応こそうちの母とは若干違うようですが、きっと中身は同じでしょうね。
母は、私を支えなくては・・とでも思ったのか、私の前では気丈にふるまっているように見えましたが、姉の前では涙したこともあったようです。何度も「病気と闘うのよっ」とか同じことばかり繰り返すので、疲れたことも多々ありました(苦)。

投稿: カラカラ | 2006年1月 6日 (金) 23時11分

私の母も、私の妹の前では泣いたようです。
私自身は終始気丈に振るまい続けましたが、それとは関係ないところで発病前からうつ症状もあったので、結構しんどかったな。
でも、親しい友人が精神科医で、彼がキーパーソンの一人として機能していましたね。
一番のキーパーソンは我が夫ですが(照れマス)。

投稿: yann | 2006年1月 7日 (土) 01時50分

私の母はすぐに神社へ行き、「私の命と引き換えに娘を助けて!」とお祈りしたのですが、入院中の私のやんちゃぶりに呆れ果て、「前言撤回します」と再度神社へ行ったそうな。。。

投稿: きゃんべる | 2006年1月 7日 (土) 19時22分

yannさん、私も告知された後は、病気以外のことで色々苦しみました。後日書きたいと思います。
素敵な旦那様、たまにはブログに小出ししてくださいよ。うちみたいに(笑)。

投稿: カラカラ | 2006年1月 7日 (土) 22時16分

きゃんべるさんのお母様、とってもお茶目ですね(笑)。
私は相方に、
「オイ、私のためにお百度参りしてこいっ!」とか無茶をかなり言いました(やってくれませんでしたが)。

投稿: カラカラ | 2006年1月 7日 (土) 22時18分

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父親が入院しているT病院へお見舞いのふりをして、私の病気を伝えに行った。メインイ [続きを読む]

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