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2006年1月 5日 (木)

告知について

以前、相方に

「自分がガンになったらどうする?きちんと告知してもらいたい?」

などと聞いたことがあります。

むろん、それは「他愛も無い会話のひとつ」だったような気がしますが、その時点で私が持っていた「ガンの告知」に対するイメージというのは、「告知とは先ず本人には伏せられるもので、ガンの治療は本人に伏せられたまま行われる」というものでした。

どうも私は古い人間のようでした。

最近はむしろ積極的に主治医から患者本人に告知することが多いようです。(もちろん、末期ガンのように進行の度合いによっては対応が異なると思いますが)

最近は、ガンに対する情報や個々の知識も豊富で、

「病名を隠しても、点滴薬を見たり脱毛が始まると結局わかる(主治医談)」

らしく、隠してもプラスになることは少ないらしいのです。

私の場合は、体外受精後に重症感染症を起こした2月の緊急手術後、退院まであと1週間!というときに病理検査結果が「悪性」と判断されました。

私の主治医は、先ず相方に相談していました。

この入院期間中私が精神的にずっと不安定だったこと、発見に至ったケースが特殊だったこと、そしてほんの1ヶ月前に体外受精までした私に対して、

「ガンです。出産はあきらめてください。」

とはさすがに言えなかったのでしょう。

この時点では「おそらく卵巣ガンだが原発、転移は不明。しかし進行ガンの可能性あり」と医局では判断していたらしく、後に主治医は、

「まさか悪性だったなんて、信じられなかった。あまりにも信じられなかったので、他の病院の病理学の権威にあたる先生に組織を見せに行った。」(ちなみに主治医、31歳。一応オトコマエ)

と話していました。もっと信じられなかったのは私の方ですが(苦)。

結局主治医は相方に相談した3日後、私にガンの告知をしました。相方と私、主治医、看護師のIさんの4人がカンファレンスルームにいました。

下記は、カルテ(後にカルテ開示請求したため手元にあります)に記載されている告知の様子です。I看護師の記述より。

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病理結果について説明時、目を見開き驚いた様子で夫を見る。

が、夫は終始うつむき視線合わさず。その様子を見て声を上げ、顔を両手で覆い泣き出す。卵巣ガンの確定診断つけば再度手術にて「両卵巣、子宮摘出」が必要で挙児は断念せざるを得ない事を説明されると

「嫌だ・・嫌だ・・」

と首を横に振り泣く。

片側卵巣残存の可能性について希望されるが、主治医より難しいとの返答に黙って泣いている。しばらく泣いた後は、今後の方針、精密検査について質問しながら話を聞いている。途中夫が泣き出してしまうと、夫に気丈に声を掛けていた。最後はしっかりとした口調で

「宜しくお願いします。」

と話す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

主治医は私が泣いて抵抗している間、何度も

「一番大事なのはKさんの命です。それは、皆が思っていることなんです。」

となだめるように言っていました。

最後に

「一番治療に必要なのは、あなた自身が病気を治そう、という前向きな気持ちを持つことです。患者さん自身がそういう気持ちを持たないと、医師は何もできないのです。」

と話されました。うなずくしかありませんでした。

告知の翌日から精密検査が続きましたが、約3週間後に手術の予約を入れてもらいました。主治医の迅速な判断のおかげです。本当に感謝しています。

続く。

******今日の晩御飯******

01051 大根とごぼうの炊き合わせ、ポテトサラダ、かぼちゃの煮つけ、味噌汁、おせちの残りの黒豆。

いつになったら黒豆を食べつくせるんでしょうか(笑)。

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コメント

いつも励ましていただき、本当にありがとうございます!

投稿: カラカラ | 2006年1月 6日 (金) 19時53分

転院するか否かで悩んでいたとき、友人(医療コーディネーター)からこんなメールをもらいました。とても心に響いたので紹介します。
「治療は、病院の施設がするのでもなく医師がするのでもなく、自分の心が、病と向き合えたときにできるのだと思います。医療者はそれをあくまでサポートするだけなのです。だからこそ信頼とお互いに協調する心が必要なのだと思っています。」
信頼できる先生と巡り合えてよかったですね。不思議な縁ですよね。

投稿: きゃんべる | 2006年1月 6日 (金) 23時37分

そうですね。治療はまさに主治医との「二人三脚」で、看護師さんたちや家族のサポートに支えられて乗り越えることができました。
うちの病院は、名医といわれるI先生目当てに来られる患者さんばかりですが、私と相方にとっては、この若い主治医との出会いは本当に幸せでした。残念ながら、4月の手術を終えて私が退院するとほぼ同時に他院に転勤してしまいましたが、
「自分に出来る限りのことはすべてやります」
という言葉どおり、最後まで誠意をつくして下さりました。
この医師のことは、夫婦共々一生忘れることはないでしょう。

投稿: カラカラ | 2006年1月 6日 (金) 23時56分

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