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2006年2月10日 (金)

4クール目

4クール目です。真冬に入院したのに、もう季節は真夏。

病院までは歩いて5分程度ですが、あまりの暑さのために病院に着いたころは「茹でダコ」です。

出掛ける前にシャワーを浴びても何の意味もありません。

いつものように、必要最小限の荷物をかついで1人で歩いて病院を目指します。

重い荷物は、夜になってから相方が車で持ってきてくれるのです。

いつものように病室に案内されると、初めて通路側のベッド(4人部屋)が当たることに。。(チッ)

ここの病院は、長期入院やガン患者に対しては窓際のベッドを用意してくれることが多いのですが、たまにこういう「ついてない」ことが起こります。

軽く不機嫌になりながら、「嫌な予感がするなー・・」と思っていると、目の前の患者さんもガン患者さん。(一目で分かる)

軽く会釈して荷物を片付けていると、

「入院?」

「ハイ。(当たり前)」

「通路側って暗くて嫌やねえー。あっ、お風呂は2時からよ。えーとトイレは・・」

なぜかまるで看護師さんのように指導が始まります。(おせっかい)

ヅラが汗だくでイライラしていたのと、正直ありがた迷惑な気もしたので、

「あ、私、何度も入院してるので知ってます」

と言いながらサクッとヅラを外してニットワッチをかぶり、カーテンを開けてやると、そのオバサンは口をあんぐり開けて超ビックリ(笑)。

私がガン患者だと分かり、つかまえていろいろ聞きたそう(苦)。

これはやっかいだなーと思い、ナースステーションに行って「窓際のベッドがいいな♪」とか適当な理由つけて部屋を変えてもらおうか、と思ったけど面倒くさいので結局そのままに・・。

幸いそのオバサンは次の日に退院してしまったので、やれやれ・・と思っていたら・・。

「嫌な予感」はこれだけに留まりませんでした。

同じガン患者で顔見知りになったSさんが部屋にやってきて、

「先日Kさんが亡くなったのよ・・。」

って・・。

SさんとKさんは、私が2月に重症感染症で入院した時の同室患者さん。

Kさんは向かい側のベッドで、私が痛がっている時によく食器を下げてくれたり、心配してくれたり、初めての入院で不安がる私をよくこう言って励ましてくれました。

「あなたは治る病気だからだいじょうぶよ。私はもう先は長くないから・・。」

この時点では、まさか私自身も自分がガンだとはつゆ知らず。

末期ガンのKさんにどう返事したら良いか分からず、痛むお腹をかかえながら

「はい。がんばって早く退院します・・。」

と言うのが精一杯でした。

Kさんは4年前に首のリンパが腫れているのに気づき、病院に来たら卵巣ガンで全身に転移していた、とおっしゃっていました。人工肛門をつけて足がパンパンに腫れていましたが、いつもTVを見てゲラゲラ笑っていたし、まさかそんな大病を患っているようには見えないほど口調も元気そのものでした。

退院後に私もガンだったことをSさんから聞いたらしく、みかんを持って外来の時にわざわざ見舞いにきて下さりました。

そんなKさんが、ある日苦しいと言って病院に駆け込まれ・・。

初めは本人の希望で大部屋に入ったようですが、検査したら危険な状態なのですぐに個室に移されたそうです。

個室に移るとき、

「私、個室は嫌。楽になったら、絶対大部屋にもどして!」

と大声で言いながら抵抗されたそうです。

私は、Kさんがよく

「もう4年も治療を繰り返しているから、保険も使い果たしちゃって、治療費が大変なのよ。個室なんて、とんでもない。家族に迷惑かけてるみたいで、ホントつらいわよ。以前数値が下がって個室に入れられた時も、この個室代は病院持ちですよね、って確認したわよ(笑)」

って言っていたのを思い出しました。

きっとこの時も、治療費のことが脳裏をかすめたのでしょう。こんな時まで、お金の心配をするなんて・・と思うと胸が締め付けられるような思いがしました。

お年は62歳。自営業で働き続けて、やっと年金暮らしを楽しもうとしていた矢先にこんなことになっちゃって~、って笑いながら言ってたっけ・・。

SさんがKさんを廊下で見かけたときは、自力でトイレにも行っていたそうです。ところが個室に入ると状態が悪化。Sさんが行くと、酸素マスクをして

「ちょっとしんどくなっちゃって・・。」

と言いながらも笑顔だったそうです。

その日の晩、息子さんが一晩添い寝されて、翌朝。

眠るように亡くなられたそうです。

息子さんたっての願いで、Sさんは部屋でお別れをしたそうですが、とてもおだやかなお顔をされていたそうです。

「長い治療は大変だったと思うけど、前日まで歩いてしゃべって笑って逝けたなんて、私ちょっとうらやましかったわよ・・。」

Kさんのことを思うと胸がつまり、Sさんの言葉にも何も答えることができませんでした。

Sさんは看護師さんに

「病棟の患者さんが不安がるので、Kさんが亡くなったことは言わないでくださいね」

と釘をさされていたらしいのですが、あなたもご存知の方だからお知らせしたのよ、って言ってくださいました。

私は万が一、本当に万が一再発や転移をしても、Kさんのように笑って苦しい治療を我慢できるだろうか・・。

あんなふうに、最後まで笑って逝くことができるだろうか・・。

苦しい副作用に耐えながら、もっと苦しかったであろうKさんのことを思い続けました。

結局何も、答えは見つかりませんでした。

続く

******きょうのごはん******

021001

ひとり鍋(豚団子 ごぼうetc・・) 炊き込みごはん

なんとなく手抜きメニューです。。

しいていえば、鍋にゴマ油とたっぷりのスリゴマを入れたことくらいでしょうか。。

ゴマ油は体を温める作用があるらしいです。

大好きなので、頻繁に使います。

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コメント

戦友とも言うべき方がお亡くなりになるのはつらいですね。
そのせいでしょう。
うちの病院の看護師は、癌患者同士が仲良くしていると、
「あまり仲良くしないほうが、今後のためよ」
なんてアドバイスすることもあるらしいです。

ところで晩ご飯、あれで手抜きですか?
だったら私は毎日手抜き以下です~。
今日もちゃんと「送信」ボタンを押して、
ちゃんとコメントが反映されているのを確認して帰るぞ!

投稿: ellie | 2006年2月11日 (土) 14時56分

癌友の死はあらためて自分の病気の怖さを
思い知らされ不安をかき立てられるんでしょうねぇ・・・
まだ、そんなめに会ってないので
その辛さの程は未知ですが。

費用のことはやっぱり気になりますぅ・・・
私なんか健康を過信していたので
たいした保険にも入ってなかったし・・・
貧乏人はのたれ死にせなあかんのかなぁ

きょうのごはんもウマそうだあ!!
ウチなんか作りすぎたカレーが3日目に突入だぁ
どうせえちゅうねん・・・

投稿: のほほん | 2006年2月11日 (土) 16時12分

「癌友とは仲良くなるな」という人がいるけど、不安なとき、苦しいとき、1番の支えになってくれる人って同病者なんだよね。
癌友が亡くなるのは現実と向き合わされる気がしてとてもツライですけど、でも、その人の生き様として、しっかり覚えておかなければいけないんだと思います。私も何人か見送ってきましたけど、彼女たちとの思い出、頭の中から消えたことがないですね。

投稿: きゃんべる | 2006年2月11日 (土) 20時34分

ellieさん

そういうことを看護師さんが言うのですか・・。
でも、なんかそれも悲しい言葉ですよね。

「手抜き」と感じるのは今だけであって、仕事が始まったら毎日こんな感じかもしれません(苦)

そのうち化けの皮がはがれる日が来ることでしょう・・。

投稿: カラカラ | 2006年2月11日 (土) 23時06分

のほほんさん

私も、ガン保険入ってなかったんですよ!
じだんだ踏んで悔しがりました(笑)

カレーですか(^^)寒い日は、パンチの効いたカレーが食べたくなります。
うちもそろそろカレーの日が来そうだ・・。

投稿: カラカラ | 2006年2月11日 (土) 23時08分

きゃんべるさん

つらい思い出ほど、鮮明に覚えてしまうものですよね・・。
日常に戻った今も、ふとした時に入院生活のことを思い出して涙ぐんでしまうこともあるくらいです。(ヘタレ)

投稿: カラカラ | 2006年2月11日 (土) 23時11分

カラカラさん、こんばんは。

同病の人との付き合いは、私もいつもいろいろと考えています。特に母はいい顔をしません。うちの母は子宮がんを患ったことがあるのですが、そのときも同病の人との付き合いは拒絶していました。だから私が今、ネットで同じ病気の人たちと交流を持っていることも、頭ではわかっていても心では理解できないみたいです。

でも自分の身も心もつらいとき、一番の理解者はやはり同病の人なのですよね。それでも病気の進行具合や状況によって、同じ病気であっても人によっていろいろ違うわけで、そのあたりはいつも難しいなと思いながら、お付き合いをしています。

今は職場復帰して、だんだん抗がん剤治療のつらさを忘れつつありますが、それでも病気のことが頭から離れることはないし(特に乳がんの場合は)何年経ってもあなどれない病気だとわかっているだけに、気持ちがドーンと落ち込むこともあります。

私の場合、バイト先の先輩が20代前半という若さで乳がんで亡くなったのを鮮明に覚えているので、この病気の恐ろしさは
最初から認識していました。先日、部屋を整理していたところ、その先輩が最後にくれた年賀状(結婚式の写真付)がポロッと出てきてびっくりしました。あとから聞いた話ですが、発病後すぐ手術して、その後に結婚されたのですが、そのときは気付きませんでしたが、その写真を見たら髪の毛がウィッグのようでした。つらい思いをされたのだな、と思ったら涙がこぼれてしまいました。

この先輩のことがなかったら、私が自分の胸のしこりが乳がんだと気付かなかった可能性は十分にあり得ますし、先輩が亡くなってもうすぐ10年が経ちますが、最近はよくこの先輩のことを思い出し(気付かせてくれてありがとう)と思いながら生活しています。

なんか支離滅裂な文章になってしまい、すみません。


投稿: ななこ | 2006年2月12日 (日) 00時47分

どこかで何度か書いていますが、治療中も現在も、バーチャルはさておき「リアル癌友」がいない私にとって、そういう話は実感としてわからないのが残念でなりません。

自分の病状にしても快復の様子にしても疑問に思ったことにしても、それを話して共有する人間がいなかっただけでなく、抑うつ症状を抱えつつ個室でヒッキーやってた自分を思い出します。

今思えばなつかしいなー。

投稿: yann | 2006年2月12日 (日) 17時49分

ななこさん

心を込めて私の気持ちを汲み取っていただき、ありがとうございます。とてもうれしいです。
気持ちがドーンと落ち込む・・、ななこさんがおっしゃるとおり、私にもそんな時がたまにあります。
この気持ちは今後も消えることが無いかもしれませんが、そんな時こそ「同病の人の温かい理解」や友達、家族の支えを思い出して前を向いて行こうと思っています。

次は自分が誰かを支える時が必ずやってくると思います。
そう思って、弱気になりがちな自分にカツを入れる今日この頃です(笑)

ななこさんが職場復帰されている姿は、私にとっても大きな励みになっているんですよ!

そうそう、人それぞれ好みがあると思いますが、ななこさんの「自毛」、いい感じじゃないですか!
私も同じくらいですが、最近は自毛で企業面接にも行きました。

お仕事、無理せず頑張ってくださいね!

投稿: カラカラ | 2006年2月12日 (日) 18時50分

yannさん

私もこんなに病気について話すことが出来るようになったのは、ブログデビューしてからですよ。

今になってわかることの方が多いくらいです。
これからもっと教わることも多いだろーなー(笑)


投稿: カラカラ | 2006年2月12日 (日) 19時33分

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