2006年1月10日 (火)

人のこころはむずかしい。

精密検査について書こうと思いましたが、告知のことである人を思い出しました。

私が化学療法中、隣のベッドに入院してきたNさん。お年は61歳、とても上品で綺麗な方です。

私はすでに脱毛後だったので、ガン患者だということは一目瞭然だったのでしょう。遠慮がちに私に話しかけながら、ご自身のことについても話し始めました。

Nさんは、ある日思いたって近所の総合病院に子宮ガン、子宮頸がん検診を受けに行き、そこで一発で

「クロ」

と診断されたそうです。

私はその総合病院の名前を聞いて、驚きました。

「Nさん、診察を受けたのは、もしかしてU先生という若い男性医師じゃありませんでしたか?」

そうです。偶然にも、Nさんは4月末まで私の主治医だったU先生の診察を受けていたのです。途端にU先生のことが頭にうかび、一瞬でなつかしさで一杯になりました。

しかし、Nさんは憮然とした表情で、

「そうなのよ。あのU先生っていう若い先生、私に子宮ガンですよって、いきなり告知したのよ!

手術で子宮とっちゃうとかなんとか、自信たっぷりに言うから、なんでこの先生もっとよく検査もせずに次から次へと色々言うのかしらって不審感がつのってしまって。

友達に相談したら、ここの病院にI先生っていう著名な方がいらっしゃるって聞いて、わざわざI先生の外来診察日に合わせて見てもらったのに、主治医はW先生っていう若い女性医師だったの。がっかりしちゃったわよ。」

って矢継ぎ早に次から次へと話されるのです。そして

「外来でI先生に診て貰っても、結局結果はU先生の言うとおりだったから、U先生は正しかったんだろうと思うけど、あんなにいきなり言うことないじゃないって、そのときはものすごく腹が立ったし、大体ガンだってわかってもう恐くって・・。」

私はU先生がNさんに「自信たっぷりに言った」という状況がなんとなく想像できました。

U先生は、若くてガタイも大きくて「熱血漢タイプ」の先生。はきはきモノをおっしゃるので、そういう受け止め方も時にはあるのかな、と。確かに声が大きいので、私も病室で恥ずかしい思いをしたことがありました(苦)。

私は告知まで1ヶ月近くU先生との時間があったので「信頼する先生」から直接受けた告知というのは、それ自体は私にとってプラスになるものでした。

しかし、Nさんのようにフラっと検診にいって、1,2回しか会ったことの無い若造医師(失礼)に「いきなりガンって言われちゃった」のでは、病気のショックと共にやり場の無い怒りすらこみあげても不思議ではありません。

Nさんは、ガンの告知と言うのもが本人に直接されるものとは思わなかったらしく、

「いきなり手術とか言われて傷ついた」

っておっしゃっていました。(U先生は初期ガンだから手術で完治できると思ったためはっきり言ったのかもしれません)

結局Nさんは、手術で綺麗に悪いものが取れたようなので、化学療法を受ける必要も無く、しばらく定期健診で様子を見ることになりました。

しかし、この結末を迎えるまで「抗がん剤うつなんて、そんな恐いこと嫌だ」とか、「ガンの恐怖におびえるくらいなら自殺してしまいたい」とか、それはそれはもう大変で・・。何故坊主頭の私がNさんをなだめているのかとても不思議でしたが(笑)。

でも、結局Nさんにとっては「フラっと行った検診」が現状考えうる最高の結末を迎えたのは事実です。本当に人生わからないものです。私は恐がるNさんに、是非これをプラスに受け止めてみたらどうですか?と言うのが精一杯でした。

Nさんは退院した後も、私の自宅に何度か電話をかけてこられ、

「やっぱり抗がん剤うたなきゃならないって言われたらどうしよう・・。」

とか、

「本当にあの先生(若い女医のW先生)の言うこと聞いててだいじょうぶかしら。もうあの病院いやになっちゃった。」

等と、愚痴をこぼされていました。

私はNさんとの出会いで「人に正しく伝える事」って、本当に難しいなって考え込んでしまいました。

現に私も、

「今私が書いていることは正しく相手に伝わるだろうか・・。」

と少し思いながら書いています。単に技量が足りないという理由もありますが(笑)。

一口に「信頼関係」っていったって、一日二日で出来上がるものではありません。長年暮らしている家族間だって、時には難しくなることもあるくらいですから。

確かにU先生はNさんに「今考えうる正しい情報」は伝えたのだろうと推測します。しかし、いくら正しくても、相手が納得しなければ結果的に何も伝わってないこともあるのです。

私はNさんの言い分しか聞いてないので、U先生が実際どのような告知の仕方ををしたのかわかりませんが、U先生に未熟な点が多々あったのは残念ながら事実だと思います。現にNさんが、

「不審感がつのってここに転院した」

と言っているのですから。

色々なタイプの人がいるように、モノの受け止め方も千差万別です。人によってはプラスに受け止めてもマイナスに受け止める人もいるでしょう。

U先生もW先生も、若さゆえ「見た目の頼りなさ」というハンデもあると思いますが、私も告知を受けた後そうであったように、混乱した相手に対していかに恐がらせずに、また恐さを共に乗り越えることを約束し、前向きに治療に向かわせるための「ガンの告知」が是非医師の口から聞きたいと思います。

「セカンドオピニオン」だって、納得のいく医療を受けるための貴重な手段だと思います。

ただ、意思の疎通がうまくいかず、せっかく正しい情報と技術を持った病院に「出会っていることに気づかず」患者が無意味に放浪するような事態は、とても悲しいことだと思います。

******今日のおかず******

今日はポークピカタ。

Pikata1

本当はトンカツにする予定だったのですが、揚げるのが面倒になってしまい「ピカタ」にしました。粉をふって、卵にくぐらせて焼くだけなのでとても簡単です。

それでも

「今日の晩御飯はピカタ。」

って言うと、ピカタが何なのかよくわかっていない相方に

「お~♪」

とか言ってもらえるので(要するに、手間がかかる料理だと思っている)いつも影でほくそえんでいます(笑)。

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2006年1月 6日 (金)

告知後

告知を受けた夜、義母が心配して1階の廊下まで来ていました。すでに相方に聞いていたようです。

私はひたすら

「ごめんね」

と謝っていました。

お義母さんは、

「何と言ってあげればよいのか・・。」

と心配そうに私を見つめていました。

一番悩んだのは、両親にどう伝えたらいいのかということでした。

夜、姉に電話して相談しましたが、話の途中で姉が泣いてしまったので、結局私が翌日の朝電話することにしました。

あくる日の朝公衆電話を使い、おそるおそる実家に電話しました。

私 「あの、実は、昨日、主治医から話があって・・病理の結果が悪性って・・」

母 「ガンだったってこと??」

父が2年前に胆嚢ガンを患ったので、すぐに飲み込めたようです。(強運の父は超初期段階で発見されたため、手術ですべて終ってしまいました。)

私 「うん・・明日から精密検査が始まるから、退院も延びるって。詳細は主治医が話してくれると思うけど・・。」

母 「早くわかってよかったじゃない!そう思って、もうひと頑張りしないと。」

私 「・・・。」

母は意外とあっさり私の病気を受け入れたようでした。

母は強し・・。こういう時、意外と女性の方が切り替えが早いようです。相方の話によると、義母も同じような反応だったらしいのです。

しかしこの時点では、子宮も両卵巣も摘出する可能性が高いとは言えず、主治医に説明をおまかせしました。

そしてこの日の晩、主治医がその旨を説明したときは、さすがに絶句していました。

特に、父の横顔がこわばったのが隣でわかったので、本当に申し訳なくて泣きたい気分でした。

父は、我慢している私を見るのがつらいと言って、入院中はめったに私の病室に来ませんでした。毎日ひたすら母を病院まで送迎する役回りだったようですが、父の心中は痛いほど判っていたので、この先また心配をかけてしまうのだと思うと、どう詫びたらよいのかわかりませんでした。

そんな両親を前に、主治医は

「一番医局で心配しているのは、Kさんの若さです。30代のガンは、放っておくととても早く進行します。まだ精密検査をしないとわかりませんが、仮に卵巣ガンだとしても隣の大腸に転移していた場合などは、大腸を切除して人工肛門にする可能性もあります。」

こういう説明の時、医師は「最悪の場合」を想定してかなり踏み込んだ状況まで説明します。

説明不足で後々訴訟問題に発展する場合があるので、

「聞いてないよ~!」

では、しゃれにならないのでしょう。しかし、いくらなんでもそれ(人工肛門)はないんちゃうの??と思った私ですが、母まで顔が青ざめていたので、

「ほんとにそうなったらどうしよう・・」

と不安になってきました。

とにかく精密検査でどういう結果が出るかで治療方針も大きくかわるので、なんとか

「仮に卵巣ガンだった場合は片側に限局していて欲しい」

と天に祈る思いでした。

続く。

******今日のいちおし******

銀行に行ったついでに宝塚阪急に寄ると、催しモノコーナーに行列を発見。

犯人は・・・これ! ↓

Irie 梅田大丸で毎回えげつない行列を作ってるアレですよ。アレ。。

尼崎市東園田のバックハウス・イリエ。クリームパン1個105円也。

なぜかクリームパンだけ?が超人気のパン屋さんです。毎回クリームパンだけ百貨店に出張販売しにやってきます。

で、当然のように並びましたよ。行列に並びながら、今日のブログにUPすることを考えていました(笑)。

前に並んでいるおばちゃんたちが、10個ずつ(1人10個限定)オトナ買いしていくので、途中で無くならないかハラハラしてしまいました。私は冷静に3つだけ買って帰りました。

Irie1 クリームがこぼれおちそうです。パンもふかふかで、香ばしく焼けたスライスアーモンドがうまみを引き立てています。

上の写真でお分かりでしょうが、このパンが仕切り付の浅いダンボール箱に入っているのは、パンの型崩れを防止する為だと思われます。守ってもらってるんですね。愛ですよ愛(笑)。

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2006年1月 5日 (木)

告知について

以前、相方に

「自分がガンになったらどうする?きちんと告知してもらいたい?」

などと聞いたことがあります。

むろん、それは「他愛も無い会話のひとつ」だったような気がしますが、その時点で私が持っていた「ガンの告知」に対するイメージというのは、「告知とは先ず本人には伏せられるもので、ガンの治療は本人に伏せられたまま行われる」というものでした。

どうも私は古い人間のようでした。

最近はむしろ積極的に主治医から患者本人に告知することが多いようです。(もちろん、末期ガンのように進行の度合いによっては対応が異なると思いますが)

最近は、ガンに対する情報や個々の知識も豊富で、

「病名を隠しても、点滴薬を見たり脱毛が始まると結局わかる(主治医談)」

らしく、隠してもプラスになることは少ないらしいのです。

私の場合は、体外受精後に重症感染症を起こした2月の緊急手術後、退院まであと1週間!というときに病理検査結果が「悪性」と判断されました。

私の主治医は、先ず相方に相談していました。

この入院期間中私が精神的にずっと不安定だったこと、発見に至ったケースが特殊だったこと、そしてほんの1ヶ月前に体外受精までした私に対して、

「ガンです。出産はあきらめてください。」

とはさすがに言えなかったのでしょう。

この時点では「おそらく卵巣ガンだが原発、転移は不明。しかし進行ガンの可能性あり」と医局では判断していたらしく、後に主治医は、

「まさか悪性だったなんて、信じられなかった。あまりにも信じられなかったので、他の病院の病理学の権威にあたる先生に組織を見せに行った。」(ちなみに主治医、31歳。一応オトコマエ)

と話していました。もっと信じられなかったのは私の方ですが(苦)。

結局主治医は相方に相談した3日後、私にガンの告知をしました。相方と私、主治医、看護師のIさんの4人がカンファレンスルームにいました。

下記は、カルテ(後にカルテ開示請求したため手元にあります)に記載されている告知の様子です。I看護師の記述より。

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病理結果について説明時、目を見開き驚いた様子で夫を見る。

が、夫は終始うつむき視線合わさず。その様子を見て声を上げ、顔を両手で覆い泣き出す。卵巣ガンの確定診断つけば再度手術にて「両卵巣、子宮摘出」が必要で挙児は断念せざるを得ない事を説明されると

「嫌だ・・嫌だ・・」

と首を横に振り泣く。

片側卵巣残存の可能性について希望されるが、主治医より難しいとの返答に黙って泣いている。しばらく泣いた後は、今後の方針、精密検査について質問しながら話を聞いている。途中夫が泣き出してしまうと、夫に気丈に声を掛けていた。最後はしっかりとした口調で

「宜しくお願いします。」

と話す。

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主治医は私が泣いて抵抗している間、何度も

「一番大事なのはKさんの命です。それは、皆が思っていることなんです。」

となだめるように言っていました。

最後に

「一番治療に必要なのは、あなた自身が病気を治そう、という前向きな気持ちを持つことです。患者さん自身がそういう気持ちを持たないと、医師は何もできないのです。」

と話されました。うなずくしかありませんでした。

告知の翌日から精密検査が続きましたが、約3週間後に手術の予約を入れてもらいました。主治医の迅速な判断のおかげです。本当に感謝しています。

続く。

******今日の晩御飯******

01051 大根とごぼうの炊き合わせ、ポテトサラダ、かぼちゃの煮つけ、味噌汁、おせちの残りの黒豆。

いつになったら黒豆を食べつくせるんでしょうか(笑)。

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